立ち上がれ中指

中指はそれを立てた時に最も折れやすくなる。

清水の舞台ではなくビルの屋上から飛び降りるということ

 また僕は同じ夢を見ている。同じビル、同じ屋上、同じ人間、同じ自分。
全てがかつて見たあの夢の再現のようだ。僕は夢の中であるビルの屋上に立っていて、向かいのビルには男が二人いる。

 その男二人は何かスタント劇のようなことをしているらしい。
一体それを何に使うのかについて、僕は全然ピンとくるアイディアを持っていない。けれども、まああんな危険なところではしゃぎまわるのは何かの撮影のためか、思春期に入り浸った青年特有の「自分はこんな危険なところでも全然バカとかが出来る男」を演出したい真性の馬鹿くらいだろう。マジで馬と鹿の区別もつかないような飛び切りレベルの馬鹿二名。

 僕はビルの屋上で、その二人の様子を観察している。
 ふと気付くと僕が今いるビルの屋上の上には僕以外にも何人もの人が立っていたりする。その中の何人かは僕と同じように立って向こう側のビルの様子を見ているようなのだけど、他の人はビルの端っこに足を引っ掛けて平然と座っているので死ぬほど危なっかしい。まさに死ぬほど、である。ちょっと僕が後ろから押したら死んじゃうのに、なんでこの人たちはこんな危険なところで足をぷらぷらさせることに余念がないのだろうか。こいつらもやっぱり馬鹿なのか?
 そんなことを色々一人ぶつぶつと考えているといつの間にかなにやら周りの雰囲気が変わっている。
 どうやら向こうのビルで行われていた何かが終わったらしい。スタント男(仮称)のうちの一人がもう引き上げだよ、と言わんばかりのポーズを取っていて、もう一人の男もそれを了承しているように見えた。
 僕にとっては結局そいつらがそんなところではしゃいでいた理由もよくわからないままで合点も糞もなかったけども、それでその場の催しは問題なくお開きになるのかと思われた。
 しかし違った。催しはそこで終わるのではく、そこから始まるのだ。お開きになるのではなく、確かにその地点から物語の帯は開かれた。

 何が起きたかだけを正確に書こうとするならば、帰ることを了承したかのように見えたスタント男がなにやら突然屋上の端っこのところで大きな叫び声をあげながらジャンプをした、というだけになるのだと思う。しかしそれはその場にいた人間、僕も含め誰一人予想もしていなかったはずのことであって、それを見ていた僕は「あれ、なにやってんだあいつ?」くらいの平凡な感想すら持つことが出来なかった。あっけに取られる数秒間。人は予想外のことが起きると洞察なんて糞食らえになる。
 そしてとても信じられないことに、彼は飛ぶ際にミスをしてしまったらしい。それも正真正銘、取り返しのつかないミスだ。その時彼のいたビルの地面に突然なんらかの地殻的変動起きたからなのか、屋上に吹き荒れる風が彼を吹き飛ばしてしまったからなのかはわからないけれど、彼の飛んだ先に地面なんて都合のいいものは存在しなかった。彼は「ほあああああああああああああああああああああああ!!!!」とちょっと面白い叫び声を上げながら、地面にものすごいスピードで吸い込まれていった。僕は思わず目をそらす。
 その後の彼が落ちている間の数秒間、僕は彼に向けて最大限の嘲笑の気持ちを送ろうとした。うわーあいつ何やってんの?やっぱ屋上なんかで撮影とかしちゃって、しかも撮影も終わったのにふざけて叫びながらジャンプなんかするからそうなるんだよ……。ぶつぶつぶつぶつと、まるでそれは呪文でも何か唱えているかのようだった。 
 その思いは僕と同じビルの屋上にいる他の人間も同様に持ったようで、しかし彼らの反応は冷たいこと極まりない。屋上の端っこに足を引っ掛けてぶらぶらさせているやつらなんて、スタント男がまさに地面にダイブしてしまうということをリアルタイムで観察しているにも関わらず「あーあれ駄目だ。失敗。落ちるわ」「さよーならー元気でねーゲラゲラ」「来世で幸せになってくださいねププ」などとくっちゃべっている。まあ確かに彼が馬鹿なのは間違いないと僕も思うけど、しかし仮にも一人人間が飛び降りているのにそこまで冷たいのはどうなんだよ?ついさっきまで僕も同じようなことを考えていたはずだが、僕は彼らの話ぶりを聴いてぶりぶり怒っている。その瞬間突然鳴り響く衝撃音。
 
 「ほあああああああああああああああああああああああ!!!!」ぐもちゃっ。男の今まで聞いたことないような、それでいてどこかコミカルな声が中断されて、それはもう二度と再生されない。あーついに落ちちゃった、落ちてしまった……
 地面に落ちるまで大体どれくらいの時間がかかったんだろうってことを考えるとき、体内時計は本当に当てにならない。時間なんて平気で引き延ばされたり圧縮されてしまったりするのだから、ここにいる誰も時間と物体の落ちていく加速度に基づいてビルの屋上から地面までの距離を算出することなど出来やしないのだ。
 とにかく彼が飛んでから地面に叩きつけられるまである程度の時間がかかり、その結果彼は見事自らの悲鳴とともに舞台から姿を消した。僕はなんとなく全てが馬鹿らしく感じてしまって、それでビルの中に入っていった……

 これが僕がかつて見た夢の全容である。それは非常に興味深いもので、普段あまり夢を覚えていない僕でもこの夢のことはあまり忘れることはなかった。しかしそれが今再び繰り返し目の前に広がっていることについてはどう考えればいいのだろう。
 スタント男が僕の見ている目の前で、また再び地面に向かって落ちていく。「ほあああああああああああああああああああああああ!!!!」ぐもちゃっ。なんとか助けてあげたいような気もしたけれども、僕にはどうすることも出来ない。それにまさにこれは文字通り対岸のことなのだ。この場合火事ではなくて飛び降り自殺だけど。しかしなんだって彼はあんな阿呆なことを?
 屋上は風が相変わらず猛威を奮っている。冬でもないのに風は冷たく、他の人々は僕はかつての夢の中でそうだったように、なんとなく全てが馬鹿らしく感じビルの中へ入っていった。
 扉が閉まり、そこには屋上と違い誰の姿も発見は出来ない。ただひたすら長い、下へ続くだけの階段があるように見える。
 そういえば以前夢を見たときには、このビルの内側を正確に認識してはいなかった。夢は扉を開けた瞬間に終わったのであり、もし仮に見ていたのだとしても扉の中の様子などという些細なことなど起きて顔を洗っている間にどこかへ落としてしまったのだろう。ただ今目の前に見えるのは階段階段階段。どこまで続くのかわからない階段だ。僕は今からこの階段を下りていかなくてはならない。どこへなのかはわからないけど、しかし風が吹きすさぶビルの屋上で足を垂らして下を眺めているよりそのほうがよほどマシだろう。僕は終わりの見えない階段に足をかけようとする。

 そしてそれこそが僕にとっての決定的な瞬間だった。階段に足をかけたとき、僕の目的地は下にあるということに突如気付く。唐突なのもいいところで、きっと僕以外の誰にもその感覚を理解することは出来ないだろう。でも僕は何故かそんな不安定な思い込みを真理だと思い込む。僕の思い込みは天啓という形で表れ、真理というラベルを纏い僕の頭の中に鎮座する。
 あらゆる物事の目的とは上を目指すものなのだとばかり思っていたのだけど、でも実際は違う。僕はビルの屋上にいたのだけれどもそこは別に全然素晴らしいところではなかったし、風はびゅうびゅうと意地悪く吹いていた。一番素晴らしいところにあんな冷淡な人間がいてはならないし、それに何故皆ずっと屋上にいるのだろう?それはもしかしたら屋上こそが求めるべきものである、という意味を持っているのかもしれないが、しかし頂点というものがたかがビルの屋上というものも寂しいものだ。ビルの高さには限界がある。ビルAにいる人間はビルBの屋上へ行くことは難しいし(これは夢の中なのでなんとかなるかもしれないが)、それは誰かが作った舞台の上でのことであって、きっと僕の求めるものはそこにない。それにビルの屋上ということは、土台のバランスを僕自身が取ることは出来ない。僕の命はビルによって左右されてしまっているし、僕の可能性も高さを基準にして考えてみれば、所詮はビルの高さ程度のものなのだ。
 全ての可能性は下にある。

 考えを改めなければならない。このビルの屋上には当たり前ながら下へ向かうための階段が用意されていて、しかしそれを下り終わるには膨大な時間がかかりそうだ。地面までの距離がわからないので、僕一人の力で下へ向かうのにはなかなかの根気が必要だろう。人間は明確な目標のためには頑張れるが、それが示されないと不安になり億劫になってしまうし、付け加えて言うと僕は紛れもなく人間である。
 僕はもう既にあのスタント男の考えがわかっていた。彼はこの膨大に続いている、いつ終わるのかわからない階段を下ろうとするよりも、そしてただ屋上に留まって傍観者に徹するよりも、一か八か飛び降りてみたのだろう。それは事故のように見えたけど、あるいは彼の周到な作戦だったのかもしれない。彼を見ているこっちのビルの人間を、そして彼と一緒にいた別のスタント男すらも騙すための。それが何を意味しているのか僕にはよくわからない。しかし僕が彼の考えを追いかけてみることで見えてくることもあるかもしれない。あるいは彼と同じようにビルの上から飛び込んでみれば。

 僕は再び扉を開ける。足をぶらぶらさせているやつらと所在なさげにぼーっと立っている数名が見える。そいつらの方にはあまり目を合わせることもなく、僕は覚悟を決めている。僕の理不尽な確信がここにいる嘲笑愛好家のやつらは単なる傍観者にしか過ぎないということを告げてくれる。よし、やれる。僕ならここから下へ向かうことが出来る。
 僕は勢いよく地面に向かって走り出した。思わず力が抜けそうになる足をなんとか精神で支えながら踏み切って見る。しかし僕は地面に到達することは出来ない。ジャンプした後の僕は空中に固定されてしまい、下に進めない。
 もはやカラクリに気付いてしまった僕に対して、世界は物理法則的な整合性を合わせようなどと言う気はさらさらないようだ。何しろここは夢の中なのだから。僕はせっかく飛び降りるということを決心したというのにそれが失敗に終わってしまったように見えて絶望を感じたが、でもこんなことが起きるということはきっと僕の確信は本物だったのだということに希望を見出す。この先にきっと僕の追い求めているものがある。
 僕は必死にあがいてみる。ビルの屋上に戻ろうなんて気はさらさらない。僕は飛び降りれるし、飛び降りきることが出来る。今は中途半端に浮き足だってはいるが、しかし僕はそこから地面に大着地をしてこの地球を揺らすことだって出来る。
 
 僕を引き止める空気をまるで水の中を泳ぐようにして掻き分け下へ向かっていく。空気なんて大した質量もなさそうなのに、一体何故ここまで僕は苦しいのだろう?空気という見えないものに閉じ込められ、蓋をするようにして閉じ込められている感覚に襲われる。一体1m進むのにどれほどの時間がかかるのだろう。こんなことならやっぱり階段で地道に下へ降りていったほうが良かったのか……?
 でも僕は諦めない。僕は飛び降りるという行為に迂闊ながらある種の確信を持ってしまっているし、そうである以上僕にとってはそれが真実なのだ。自分の中にある真実を裏切ることは出来ない。
 そして遂にその時が来る。僕を引き止める空気の塊を掻き分けた僕は、そこから出た瞬間ポン!という音とともにものすごいスピードで地面へ向かっていく。途中僕の体にいつの間にか備えつけられたパラシュートが開くが即座に破壊して流れに乗る。加速度的に速くなる僕の体。そしていつの間にか訪れる地面に衝突する感触。

 気付くと僕の頭は地面に突き刺さっている。果たしてここが僕の目指した大地なのだろうか。
 でも僕の体は残念ながら地面の中に突き刺さってはいない。それは不完全な着地だ。地面に突き刺さっているはずの僕の目の前にはいつの間にか水槽が広がっていて金魚が何匹かふよふよと泳いでいるけれど、今はこんな映像を見ている場合じゃない。僕はまだ頭を突っ込んだだけだ。それにスタント男が地面に飛び降りたとき、その音が聞こえてくるのにはもっと時間がかかっていたじゃないか。
 体内時計は曖昧なものだということを自分で言っておいたことをすっかり忘れた僕は、でもまだこの先に何かがあるということを願わずにはいられない。
 もう高所から低所に向かう上で発生した力学的なエネルギーもすっかり失われてしまった僕だけど、なんとか体をも地面の中に突き刺してしまおうと考えている。
 僕は突き刺さったままの形で、自分の体を地面の中に押しこんでいく。それはまるで先ほど空中でもがいていた時のような様相だ。目的地にたどり着くためには、何度か停滞を体験しなければならないのかもしれない。
 体をひねってみたり、頭をひねってみたり、体をねじってみたり、頭のネジを外してみたりして、僕は試行錯誤を繰り返す。ほんの少しずつ僕の体は地面に埋まっていき、そしてそれがやがて吸い込まれるような動きになっていく。この先に道があると確信している僕にもはや怖いものはない。やがて僕の体は地面に吸い込まれ、いつの間にか発生した力学的エネルギーに乗せられて僕の体はさらに深い、深いところへと向かっていく。丁度それは僕と地面が、この星が一体化したような感覚。

 
 気付くと僕は海の中にいて、鯨の潮吹きに乗せられてある島にたどり着く。そこにある世界はペーパークラフトのようであり、僕は生々しいくらいの現実感を伴ってそこに立っている。いつの間にか僕の存在は他のものよりも大きくなっていて、微笑ましい気持ちで僕はあらゆるものを眺めている。いつの間にか自然と笑みがこぼれてきて、僕は穏やかな気持ちで目を開ける。

彗星のダッシュスピード

 どうやら目の前が真っ暗だ。

 いつからここに自分がいたのか、もはや正確にはわからない。昔からいたようでもあるし、今ここにどこかから放り投げられた直後のような気もする。周囲をなんとか見渡してみようと試みては見るのだけどもそれは空振りに終わった。つまり何も視界に捕らえることが出来ず、辺りには闇が広がるだけの現状だ。なんとなく胎児の見る景色というのはこういうものなのではないのだろうかなどと考えては見たけれども、それで何かの解を得ることもなく一人ぼっちのまま私は途方にくれる。私が動く音以外の音は一切この場には存在していない。酸素ボンベを背負ったまま宇宙に放り出されたような感覚に近い。それは酸素ボンベを背負わされている時と、裸一貫で宇宙に放り出された時、どちらのほうがより残酷だろうかという問いの解を示してくれているようにも思えた。私はとにかくあまりにそこに何もなかったのでどこかに向かうことすら怖かった。もはや今いる場所に戻ることすらも叶わないのではないかと思ったからだった。ふあんふあんと空間が揺らめく。



 私が意識を得てからどのくらい時間が経っただろうか。悠久に続いていくような暗闇はまるで私にとっての地獄そのものであり、私は何かを求めなければならないということをとても強く自覚していた。「どこかに移動しなければならない」私は無限にも思える暗闇に束縛されている中でその思いを強くする。ここから移動してしまうということは大変な恐怖だけども、私は結局のところ動かなくてはならないのだ。どこにか?それは恐らく暗闇の先にあるどこかへだろう。なんのために?私がなくしてしまった何かを見つけ出すためだ。私は自問自答を繰り返していく過程で、私のなくし物は何かという題を非常に好んだ。というのもこの暗闇地獄は私が何かをなくしてしまったが故に私の前に現れているという思いがあったからである。今の私にとってこの状況とは視力をなくしてしまったに等しいわけだから、それはもしかしたら二つの眼球なのかもしれない。周りには何もないのだから、それはもしかしたら他人なのかもしれない。とにかくそれの正体をはっきりさせるために私は前に進まなくてはならなかった。
 のそり、のそりと前に足を出してみる。もう恐らく元の位置に戻ることはないだろう。いや私にはそれを認識する権利すらも与えられていない。周りの景色は全て同じなのだから、どうせどこに行ったって変わらないのではないだろうか?という問いが頭をもたげる。しかし恐らく意味はあるはずだと私の足は臆病に動く。それはまるで道路を優雅に闊歩する蝸牛の如くだったけれども、元いた位置から離れ段々そこがどこかを認識出来なくなってきた辺りから私の足は俄然勢いをつけ始める。まるでそこが本当の宇宙であるように、ここでは摩擦にも重力にも脅かされず慣性の法則が働いている。どんどんと加速していく私はもはや後ろを振り向くこともなくなったが、私が今どこへ向かっているのかも全くもってわからない。スピードはどんどんと加速していき、息も絶え絶えに私はどこかに向かっていく。やがて私の足は、私が生み出す音すらも振り切って、どんどんと孤独へ近づく。今までには感じたことのなかった恐怖が頭の中からこみ上げてきそうになったが、それすらも置き去りにしてしまいかねない速度で私は走り続けていた。もう少しで何かが見えてくる予感が私の体の中を駆け巡る。音速を突破して私は探しものの正体を掴んでくる。音を突破してなおも私の前に現れないもの。それは光だ。逃げ惑うそれらを追いかけるために私は光よりも速く動かなくてはならない。こんな速度では足りない。もっともっと速度を。もっともっと可能性を。
 私の体はみるみるうちに変化を遂げていく。音速を超えた辺りから私の体の不要物はどんどんと置き去りにされていった。もはや私には腕は愚か、頭も、体もなくなっていた。私はいつの間にか足だけの存在で、それはきっと傍目から見れば随分と惨めないでたちだったに違いない。でもそれは本来どうでもいいことなのだ。体の全てがなければ正常だなんて単なる足かせにしか過ぎない。走るということは足を動かすということであり、そのためには他の体が存在するということは単なる邪魔にしか過ぎない。もともと暗闇の中で、私の存在などあってないようなものだったのだ。であるならば今更そのようなものを持ち運んでいたとして何になるわけでもない……と、ここまで意識を働かせた私はまだ思い込みにとらわれていることに気付く。足をどんなに動かして、どんなに他の部分を切り捨てたとしても私は光に追いつくには程遠い。であるならばこの足すらも不要な部分なのではないか。私は少し戸惑ったけれども数秒もしないうちに足すらも捨て去ることを決意した。もはや私は完全に肉体からは開放され、その速度は肉体があったときとは比べ物にならない。光の尻尾を掴むために私は走り続けていく。もはやその走り抜ける時に生じる音すらも確認することは出来ないが、私は確かに進んでいるのだ。しかしこのままでは光には追いつくことは出来ない。その思いが動力源となり私は速度を無限に食らう胃袋となる。そしてその加速が頂点に達したかのように思えたとき目の前が急激に明るくなったことを感じた。最初私はそれを遂に光に追いついたのではないかと思ったのであるが、思えば私は光にも届かない速度であった身なのであり、それではどうにも道理に合わない。であるならば一体何が起きたのであるか。数瞬の間思索を重ねた私が見つけたものは私自身の体であった。私の体はいつしか光そのものになっていたのであり、私はその光を見ていただけだったのである。

ヘビとウンコ

 もう限界です。私の頭の中に刻まれた記憶が表面張力を突破したかの如くあふれ出してきて、おそらく体全体が飲み込まれるのもそう遠い先の話ではないでしょう。あたかもヘビに丸呑みされるが如く。

 私は一介のしがないサラリーマンです。しかし私は人には言えない秘密を抱えていて、それは私の腹の中には大きなヘビが救っているということなのです。なんという悲劇なのでしょうか。通常私たち人類の中でヘビを孕むなどといった暴挙に出る人間はあまりいません。ヘビは確か爬虫類だったと記憶しておりますが、人間は紛れもない哺乳類なのですからこれは大変奇妙なお話です。ましてや私は性別的には男に区分されるわけですから、これはどう考えてもおかしなわけでして、にも関わらず私はそのおかげで毎晩毎晩おなかを痛めている次第です。
 私はしがないサラリーマンですから、腹に痛みを抱えているからといって度重なる欠勤が許されるはずもありません。強制的に仕事中毒にするためにそれ用の薬でも配布しているのではないかと疑いたくなるような日本の風土ではなおさらのことです。家を出て、今日もてくてくてくてくと駅に向かって歩いて行きます。しかし歩いていていつも感じますが、周辺の環境というのがこれまた悪い。私の中のヘビの機嫌が悪いのも最近このせいなのではないかと感じています。なにせ私の家は辺り一面工業地帯に支配されており、私の中身を真っ黒にしてしまおうと画策しているのですから!今は私もなんとか耐えることが出来てはいますがそれはかろうじてな訳でして、花粉に対する許容量が人間決まっているかの如く、いつか私の中の排気ガスの許容量がいつか限界を超えてアレルギーを噴出してしまわないか私は心配でなりません。
 私の出勤時間は丁度学生の出勤時間とかぶっているのでこの時間はいかにもダルそうな顔をした学生や、元気に御学友とはしゃぎまわる小学生たちの姿を拝見します。そんな彼らの様子を見ると、昔はよかったなあとあの頃を思わず振り返ってしまいます。思えば昔の私は本当に幸せでした。いつも辛い思いをしながら会社に向かうこともなかったわけですし、なによりまだ例のヘビをまったくもって妊娠していなかったわけでして。いやはや、しかし私はいつの間にこのような大それたものを抱えることになったのでしょうか。30を超えた辺りからだったというのは間違いがないと思うのですが、しかし人間思わぬ時に何かを抱える羽目になるものです。恐ろしいことです。現に今も私の腹の中のヘビは暴れまわっており、私は一歩踏み出すごとにまるで十三階段を上っているが如き気持ちになります。死刑台に近づいていくことを感じながら、しかし私は歩みを止めるわけには行きません。一歩歩くということがこれほどまでに辛いことだというのは、果たして幼少の自分に想像することが出来たでしょうか。それはまさしく不明瞭な問題です。
 私が堕胎したときの話をしましょう。堕胎と書くと物騒なものですが、しかしこのヘビと向き合う際に関してはそれほどのものでもありません。というのもこのヘビは幾ら堕胎を繰り返しても平気でまた腹の中に住み着くようなやつで、もはや堕胎は日常茶飯事のことと化しています。ちなみに何故このような話を突然書くかというと、先刻までの私の話を受けて「そんなに辛いのならば腹の中のヘビをおろしたらどうだ?」という疑問を呈する人が必ずいると思ったからです。それはごもっともです。初めは私もそう思い立ち、腹の中のヘビを堕ろすことに余念がありませんでした。勿論腹の中にヘビを飼っているなどと人様に知られてしまっては私は生きてはいけなくなってしまいますから、堕胎は誰も立会人をつけることなく行います。分娩のため私が力を入れると、ヘビはいつもこの世のものとは思えない非常に不愉快な産声を上げてその奇妙な姿を私に見せてくれます。それを見るたびにこのようなものが私の体の中に巣食っていたという事実に打ちのめされ、事実私は今までに何回かそれが原因で意識を失いかけたことがありました。このようなものを見続けるというのもまた一つの拷問であるということが言えるでしょう。とは言えヘビを堕胎した後のしばらくは私の腹の中も落ち着き、一時の平穏が訪れるのですが事態はそれで終わりと言えるほど生易しいものではありません。前述したとおりヘビは何度堕ろしても再び私の中に巣食ってしまい、私の生活から平穏という言葉を遠ざけてしまいます。どうして私はこれほど孕みやすい体質をしているのでしょうか。もしかしたら夜中に大きなヘビがやってきて、私を犯しに来ているのかもしれません。
 さて、私がそうこう思索に耽っているうちにいつの間にやら駅が見えて参りました。しかし毎日の通勤時に危ないのはまさにこのような瞬間でして、というのも先ほどまでは思索に耽っていたが故に私はしばしの間妊娠による気分の不調を半ば忘れていたのですが、一度「駅が見えてきたぞ!」という現実を認識してしまうと、たちまち私は現在腹を痛めているという現実も認識してしまう羽目になるのです。現実というのは1つ1つのシーンが分断されているようでいて実は繋がっていますので、このような事態を招いてしまうのでしょうか。
 正直なところ、私はあまり現実が好きではありません。実際、現実は懸命に歩こうと試みる私に対し、大きな試練を与えています。それは圧倒的な重さで腹にのしかかり、私のことを影から責め立てているのです。そのたびにヘビが内側から私の腹を蹴る音が聞こえます。実際にはヘビに足はございませんから尻尾ということになるのでしょうか。ともかく、そのあまりの痛みのせいで私はもはや前方へ歩くことが困難になり、階段を前にして立ち止まることを余儀なくされたのでした。
 私の頭の中に一つの着想が浮かびます。「このままトイレかどこかに入り、腹の中のヘビを堕ろしてしまおうか、いつもの如く。」しかしそれで一端は水に流したとしても、執念深いヘビは私の腹に住みつこうとするのを止めないでしょう。おそらく私の中に住んでいるものの正体がヘビでなかったら、これほど困惑にひきづられることはなかったに違いありません。ヘビというのはご存知のとおりまことに執念深い生き物として有名ですから、私がいくら逃げても追ってきてしまいます。まるでそれは永遠に続く追走劇のようなもので、古来無限を表すシンボルとしてウロボロスという名のヘビが用いられていたのも納得がいくというものです。
 私ははたはた困り果ててしました。私が一切を水に流してしまおうとする限り、このヘビが消えてくれることはないという確信が胸の中には何故かあったからです。であるならば、私はもしかしたら根本的な治療に性を出さなければならないということなのかもしれません。実際のところ、そうしなければならないというのは以前の頃からすっかりわかっておりました。しかし私は何かにつけて先送りにし、目をそむけることでそのことから逃げ続けていました。私は何をすれば良いのでしょうか? 階段の前で直立不動の体勢を取りながら私は考えます。
 「ヘビの望むことといえばなんだろう?」この呪いにも似た境遇を打破するためにはなんとか腹の中のヘビに満足してもらい帰ってもらうしかない、そう考えた自分はある一つの疑問にたどり着きます。ヘビはまるで地縛霊のように私の腹の中に住み着いているのだから、私がヘビの望みを叶えてあげればきっと成仏をしてくれるのではないだろうか。私は相変わらず無様に突っ立ったままの体勢ながらも、一つの真理を得たような気がして内心歓喜いたしました。先ほどから私の話を聞かれている方の中には「そんな大げさな……」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私は長い間このヘビのことで頭を悩まされていたわけですからそれほど道理の通らない話ではないと思います。そして私はしばらくした後にその答えを見つけ出してしまうことになるのですが、そのことが私をより一層困惑させることになるのです。
 私は考えました。まず考えたのは食料のことです。ヘビと言うからには、おそらく好物はカエルやネズミなどといった類のものであろうから、そのようなものを経口摂取すればヘビもずいぶんと満足をして私の腹の中で暴れまわることを止めてくれるのではないだろうか、と。私は今までの生涯にわたって一度もカエルやネズミなどを食べるという文化圏に属した経験はありませんから、そのようなゲテモノを食すのには若干の抵抗がありましたがヘビにおとなしくなってもらうためには仕方がありません。どこからそのようなものを入手すればいいのかについては見当もつきませんでしたが、ネズミやカエルならそこら辺を探せばいつかは見つかるだろうし、ネットなどを活用すれば活きの良いものがすぐさま手に入りそうです。何分食べなれていないものですので衛生面では多少の心配もありますが、しっかり加熱消毒を施せば食べられないということもないでしょう。そう考えていると私の心の中はより一層明るくなり、私は心も体も軽くなったような気がいたしました。であるならば今日それをやるよりも後日食材を取り揃えたほうが良いと考え、私は普段のように会社へ行くため階段に足をかけ始めました。ヘビはカエルを取るのには時間がかかりますし、ネットを使えばおそらく数日はかかってしまうでしょう。会社は行かないとその日のうちにすぐ大変なことになりますから、優先順位を考えると会社に行くことを今日は優先させたほうがいいような気がしたのです。しかし数歩階段に足をかけた際に私はふと疑問に思いました。確かにヘビやカエルを与えてやれば腹の中のヘビは一時的に満足するのかもしれないが、それは結局ヘビを肥えさせるだけで根本的な解決になっていないのではないか? その考えが頭をよぎった瞬間、私の目の前は再び真っ暗闇に包まれてしまい、軽くなったはずの体も再びその鈍重性を取り戻し私は一歩も動けなくなります。周囲の人が私のことを不審の目で見つめだし、私はなんだか恥ずかしい気持ちでいっぱいになってしまいました。
 私は新たな解決策を考えなければなりません。私が次に考えたのは別の視点からのアプローチであり、それは私に毎夜夜這いを仕掛けてくる親ヘビと話し合い、私を襲うのを止めてもらうということでした。考えてみれば子供というのは両方の親がいなければ基本的には生まれてこないわけですから、片方の親、すなわち親ヘビ側が諦めてしまえば私はもう二度とこの腹の中のヘビに苦しまされることもなくなるのではないかと考えたのです。これは一つめのアイディアよりも優れているように感じられました。生命の弱点ともいえる点を果敢につき、遂に私は勝利を手にするのです。そしてこのアイディアを施行する場合、私が今現在このヘビを堕胎してはならない理由は何一つないように感じられました。この場合戦いは親ヘビが私を襲いに来る夜になるわけですから、早朝の今現在私が出来ることはほとんどありません。あるとしたら今すぐトイレに駆け込み、腹の中の一切をなくし夜の戦いに備えるだけです。足取りが再び軽くなった私は階段での屹立を止め、一歩一歩着実に上に向かって歩き出しました。そして何事もなかったかのように階段を上り終わり、他の人と同じように改札の中へ吸い込まれていきます。さあ、もう少しでトイレが見えてきました。はやる気持ちも抑え駆け込みます。幸いトイレの個室は空いており、隣の個室にも人は誰もいないようでした。私はこのことに心底安堵しました。堕胎におけるヘビの悲鳴というのはそれはそれは醜いものですから、なるべく人様に聞かれないようにしなければなりません。もし聞かれてしまった場合、私はヘビとは言え自らの子を己の苦しみを和らげるために捨てるような人間であると判断されてしまいかねません。それは出来れば避けたいところであります。腰をすえて心を落ち着かせます。もはや何回何十回何百回と繰り返している作業です。確かに堕胎に付きまとう罪悪感のようなものはありますがもはや慣れてしまいましたし、大切なのは親ヘビとの話し合いなのです。この今身ごもっているヘビはひとまず関係がない……ああ、やはり駄目です。私はまたしても辛い現実を避けるため新たなエクスキューズを考えだしてしまっていました。私はヘビの望むことはなんだろうといいながら、私が身ごもったヘビ自身の望みを叶えることからは逃げ出していたのです。なんたる悲劇なのでしょうか。私の中のヘビはもはや出てくる寸前であり、後は水に流すだけで一切の証拠を消し去ることが出来ましたが(日本というのは良く出来ている国です)、私は真に腹に身ごもったヘビという命と向き合わなくてはなりません。すなわち、彼の存在を認める必要があるのです。
 それに気付いたとき、私の心は激しく揺さぶられました。彼の存在を認めるということは彼の存在を自分以外の誰かに知らせなくてはならないということを意味します。ご存知のように、誕生には他者の祝福が必要です。であるならば私の今までとっていた行動は腹の中のヘビを怒らせど、決して喜ばせはしないものだったのでしょう。今まで私はこのヘビの命を自分ひとりで絶ってきました。その時ですら、私はなるべく目を背けすぐさま水葬の儀を執り行っていたのですからもはや救いようがない愚か者だったのかもしれません。実際にはそうすればするほどヘビは意固地になって私の腹の中に巣食っていたのですから。私はとにかくトイレを後にすることにしました。プラットホームへの階段を下りる頃には「これでいいのだろうか……」という気持ちを持つ反面、このヘビを祝福してもらわなければならないという気持ちが強くなっていったことを覚えています。
 それを実行するには相当な勇気が必要でした。もともと腹の中のヘビは私の中では忌み子的な存在でしたから、それを人様に見せるとはもってのほかのことだったのです。しかしそれしか道がないのであれば私はそれを施行しなければなりません。私が公衆の面前で産み落としたとしても恐らく彼を祝福してくれる人は一人もいないでしょう。産みの親である私ですら祝福の気持ちなど一切ないのですから自分でも妥当な判断だと思います。しかしもし腹の中のヘビが「誰かに認知をされたい」と願うのであれば、産みの親として私は彼をこの世に誕生させてあげたいと思います。きっと腹の中に溜まったものは一度産み落として誰かに認知されなければならないのです。自分ひとりで誰にも知られることなく処理をしてしまっているだけではヘビの恨みを買うだけで、狡猾なウロボロスは自らの尾を噛みしめ、いそいそと無限のループを作りだしてしまうでしょう。
 私はホームに降り立ちました。電車は行ってしまったばかりでしたが、朝の通勤時間帯では待つ時間などたかがしれています。その数分の間を私はヘビに対する祈りに捧げることにしました。もはや不思議なほど私の腹の中に溜まっていた痛みは取れてしまい、今はただただ心地よい緊張だけが頭の中を駆け巡っています。思えば随分遠回りしてきましたが、今日でそれも終わります。腹の中のヘビは私のれっきとした子供であり、私の一部でした。それを認めないということは自分自身で私を否定するということであり、だからこそ私は現実世界の中で欠損した人間だったのかもしれません。いや、もう止めましょう。今更わかりきったような台詞を吐くことにもはや価値などはないのです。そうこうしているうちに電車が来ました。私は大勢の人とともに電車に乗り込みます。
 途中で立ち止まったりトイレに寄ったりしたおかげで今日は数本遅い電車に乗ることになり、そのせいか人がいつもよりもたくさんいました。駅員がやっとの思いで人を詰め込み、電車がようやく前進します。がたんごとん、がたんごとん。電車は腹の中にたくさんの人を詰め込んで、吐き出して、また食べてを繰り返しています。その消化液でどろどろになった私たちはべとついた体をなびかせながら、毎日ひいひいと目的地へ向かっていくのです。私は電車の中でそのようなことを思い一人呆然と押しつぶされていました。自分が予想していたよりもはるかに私は落ち着いていて、そのまま乳飲み子のように寝てしまいそうになるくらいです。さあ、出産の時が来ました。私の中のヘビが泣き声を漏らします。まだ体は出てきていないというのに声だけが出てくるだなんて、よほど外の世界に出てきたかったに違いありません。その音に反応して辺りにいた人々が一斉に私の方をじろじろと凝視してきました。その中の何人かは、あからさまに私と距離をとろうともがいています。特にそのような行動を取る人は女性が多いように見受けられましたが、なるほど性別は違えども同じ出産という行動を宿命として生まれ落ちてきた方々には、私の産み落とす子供が忌み子であるという事は即座に見抜いてしまうのでしょう。辺りにいた男性は一瞬何事かとこちらを見ましたが、その後は何事もないように嘯いて各々思索に耽っていました。私はといえば車内に響き渡る我が子の声を聞き、抱いていた予感が確信に変わったのを確認するばかりです。そうしてようやく私は下半身の衣類を脱ぎ、腹に力を入れ、我が子の産声を遠くなる意識の中ずっと聞き続けていたのでした。
 
 全てが終わった後、そこに横たわっていたのは紛れもなく私の体の中にいたあのヘビです。それは今までとは違い、グロテスクに欠損した形ではなく、完璧な形を保っていました。まるでその姿は「僕を生んでくれてありがとう」とでも言いたいかのようです。私はほとんど忘れかけていた幼い頃の記憶を思い出しました。電車という公的な場で我が忌み子をさらけ出してしまったことにより、私にはもしかしたら新たな不幸が待ち受けているのかもしれませんが、しかしながら私は自分のしたことに誇りを持ちながら今日という日の上に立ち尽くしていたのでした。



NUKI! NUKI! DEADHEAT! 後出し

=しかしながら繰り返されるデッドヒート=
 
 その後どうなったのかを端的に申し上げると、一度彼女を抜くことが出来た俺はしばらく走ったのちに完全に気力を失い徐々にスピードを落としながらついに立ち止まることになった。俺は何やっているんだという気持ちが頭をもたげてきたからである。そりゃそうだ。女の子の足を見つめ続けている自分が嫌だからって急激に走りだす奴は常識的に考えて軽く異常である。まさか自分の中の欲求がここまで強いものだとはまったく掌握していなかったものの、しかしながら一度彼女を抜くことが出来たということで俺は一定の満足感を得ていた。つい先ほどまではほとんど無理と思われていた事柄を突破したのである。俺はその意味で欲望に打ち勝った男と賞賛されてもいいくらいだ。俺はふらふらの体をなんとか一定に保ちつつ、そろそろ近くなってきた会社のことを考え始め自分の気持ちを落ち着かせようと奮起するに至った。その頃には俺の足にかなりの疲労が溜まっていたが、結構な距離を走ったものだからよもや彼女に抜かされることはないと高をくくったのである。

 しかし現実というのは残酷にして意外さに満ち溢れている。俺がこれで大丈夫だろうと思った瞬間、現実は待ってましたと言わんばかりに予想外の演出を施してくれる。一体俺を困惑させて何が楽しいのかはわからないが、実際そういうような力がこの星にはあるということを俺は認めなくてはならない事態に突如陥ったのだ。というのも先ほどの彼女が俺の後を追うように急激に駆け出してきたのである。

 最初のうちは一体何が起きたのかもわからなかった。なんとなく誰かが走ってくるような気がしただけで別に問題はないと思ったし、俺は普通に歩き続けていたのである。しかしながらここで俺の天啓は冴えに冴えた。もしかしたら、俺を追ってきたのは先ほどの彼女なのかもしれない。まるで気狂いのような発想だが、人間ある程度の境地に達すると異常に直感が敏感になるものである。俺は一応後ろを振り返ってみた。そしてまさに、俺が予想したことがそのまま俺の後ろで起こっていることを確認した。

 すなわち彼女は追ってきていた。彼女のことは後ろ姿しか見たことはなかったが、その端整な顔立ち、髪、そして何より足から先ほどの彼女であるということは即座に見破ることが出来た。走っているので正確にその姿を見ることは叶わなかったが、やはり良いものは良いというあたり前の事実を俺は目の当たりにする。ちなみに俺は「追ってきた」と表現したが、実際別に彼女は俺を追ってきていたわけではないだろう。何かよくわからないが学校か何かに目的があり、故に彼女はその(美しいとしか形容する言葉がない)足を迅速に動かしているわけで俺に飛び込むために走っているわけではない。しかし何故彼女がこのタイミングで走り出すのか。先ほども述べたが別に今は登校時間ギリギリというわけでもないし、現に彼女以外の生徒はのほほんと友達とくっちゃべったり音楽を聴きながら自転車に轢かれそうになりながら思い思いにのんびりと歩いている。何故ここで走るという行動を彼女はとったのだろう。

 一番現実的に考えられるのは、彼女が俺の走りにつられたということである。これは心理学的に考えても大いに納得の出来る理由で、誰かが急いでいると自分も急がなければならないのではないかという気持ちにさせられるというあれだ。大学生時代に俺は心理学を勉強していたので何かそれに関連することを習ったような気がするが詳しくは覚えていないし、それについていたはずの名称も今は思い出せない。しかし重要なのは今この場で繰り広げられている現実そのものであり、彼女がものすごい勢いで俺に迫ってきているということである。しかも壊滅的にピンチなことに、俺の足は今ふらふらのふらお君状態で足に鞭打って急速に運動させるということにとても抵抗がある。しかしだからといってこのままではまた彼女に抜かれてしまうかもしれないし…

 ここまで悩みぬいた俺だったが、しかしその時俺の脳みその中に存在すると思われる神は大変いいことを俺に気付かさせてくれた。彼女は今ものすごいスピードで俺のことを追ってきているのだから、そのまま放置しておけば彼女はすぐさま俺の見えないところまで、すなわち学校まで走り去っていってくれるのではないかという期待がこのときに生まれる。メイド・イン・マイ・ブレイン。俺の脳みその中でおぎゃあおぎゃあと産声をあげたその考えは俺になるほどという感銘を授け、であるならば彼女が俺のことを抜くくらい別に大したことはないのだと俺は思うことにした。抜かれるが故にまた彼女の足を見ざるをえなくなるかもしれないが、所詮彼女の走っている姿である。歩いている姿ならばいざしれず、走っていてはすぐさま映像はぶれてしまってその美しさを捕らえることは難しくなるだろう。問題は全く何もないように見えた。

 そしてその時が来た。彼女の足音がどんどんと近づいてきて、ついに俺の後ろ数mというところまで来たのである。ここでまた俺は彼女の全体像を確認したい欲に駆られ、俺の頭の中ではほんの少しばかり作戦会議が行われた。歩いている際に後ろを振り向くというのは若干イレギュラーな行為かもしれないが、後ろから走ってきている人間がいたら「なんだ?」と思い振り向くのが人間の常であろう。脳内会議は初めから後ろの振り向き隊の意見が優勢を占め、結局現実時間にして1秒をかけることもなく俺は後ろを振り向いたのである。

 ゆっさゆっさと制服の中にパッケージングされた彼女の体がゆれ、彼女の美しい足が緊張と緩和を繰り返すのを数瞬確認した。確かに美しいが、やはり走っているときの彼女からは歩いているときほどの魅力を感じない。より正鵠を期すと、走っているが故に妄想を広げる時間がないといったほうがいいのかもしれないが。やがて彼女の体は俺の体に遂に並び、やがては俺を抜き去っていったのである。彼女の後ろ姿はやはり美しく、俺に止めることの出来ない劣情がほとばしったが俺を襲ったが、後数秒もしないうちに彼女の背中はどんどんと小さくなっていき、やがては星のように小さくなっていくであろう。俺は彼女の走る足を呆然とみながらそのように思っていたのである。しかし次の瞬間、呆けていた俺の足はまた再び急速に加速していかざるを得なくなった。彼女が振り返り、はっきりと俺の方を向いたのだ。少なくとも俺にはそう見えたまるで抜かしてやったのよと言わんばかりに。

 俺の理性のフューズがその時にはじけとんでしまったのも無理はないことなのだろう。俺はそれを見た瞬間に再び駆け出し、一瞬にして彼女を抜くことに成功した。しかし俺はどういうわけか一回彼女を抜くたびにふらふらと達成感からか気力を失ってしまい、その隙を見計らって彼女が再び俺を抜いた。もはや何故このような事態に陥ったのかはわからないが、おそらく神にすらわかるまい。俺はただもう何かに操られたかのように彼女を抜かし、そこで力を抜いた俺はまた彼女に抜かされるという痴態を演じたのである。

 どうして彼女があれほどむきになって俺のことを抜かそうとしていたのかは今となってはわからない。今の俺がわからないのだから、抜くことだけに必死になっていた俺にはなおさらわからなかった。走っている彼女の顔でも確認すればその一端を知ることくらい出来たのかもしれないが、しかしながら俺がデッドヒートを演じていたときに見ていたものはせいぜい足くらいで、あとは彼女を抜くことくらいしか考えてはいなかった。

 今考えられる仮説としては、もともと彼女は速く歩く自分に幾らばかしのプライドを持っており、それを抜かされたが故にむきになった俺のことを追い抜こうとしていたのではないかというものだ。一般的にそのようなことは起こりそうにもないし、さすがにそこまで考える人間はいないのかもしれないけども、事実俺は彼女を抜く前に一度抜くのをためらってしまっていたわけで、もしかしたらあれが彼女に対する宣戦布告のように捉えられたのかもしれない。

 とにかく、かくして俺は彼女とのデッドヒートにのめりこむことになった。何度抜き、何度抜かれたのかは既によく覚えていない。体はぐったりふらふらになって、頭の中身がぐらぐらになった状態で学校と会社の分岐点にたどりついたことだけをなんとか記憶しているだけだ。結局俺が勝ったのか、彼女が勝ったのかははっきりしていない。もはや一歩も歩けなくなった状態で道路にへたりこんでいた俺はその時はっきりと静止された彼女の全体像を見ることが出来た。しかしながらその時既に俺の中の欲望はすっかりと放出されつくしてしまい、目の前には偶像が剥がれた一介の女子高生がいただけという結末がぽつんとあっただけであった。


引用サイト
〜結婚の格言〜 〔愛の格言シリーズ第7弾〕



NUKI! NUKI! DEADHEAT! 中出し

=ある日常における全力疾走=

 しかしその日は違った。いつものように満員電車の中から飛び出るように出た俺は、人の壁に阻まれ直行で階段を上ることは叶わずも、なかなかの順位で改札口まで出ることに成功したのであるが、そこに一人の女子高生が立っていたのである。

 集団の女子高生を抜くことは造作もないことではあるが、一人でいる女子高生を抜くことは場合によっては難しいことがある。というのも、普通女の歩くスピードは遅いと相場が決まっているはずなのに、どういうわけか歩くのが男並、時には男以上に速い女が存在するからだ。彼女らもおそらく二人以上であればそれほどのスピードは出さないのであろうが、誰にも邪魔されずに歩ける一人であるときは別だ。彼女らは時として自然に抜くことが出来ないほどのスピードを発揮してしまったりする。

 彼女もそのような健脚の持ち主であった。ホームを出て残るは会社へ向かう一本道となったところで俺は彼女の足の速さ、そして足の美しさに気づく。顔のほうは正直よく見えなかったが、野暮ったいほどでもなく、かといってあからさまに尻の軽そうな風貌でもない。髪はそれほど長くなく黒髪で、スカートの長さは膝上15cmくらいで少し足を出しているが、それほど下品なようには見えない。とはいっても日本においては見た目が多少真面目に見えても平気で体を売っている女子高生がいっぱいいるらしいとTVでもよく報じられているし、実際の彼女の性生活について予想することは難しい。一つその中で言えるのは彼女の後ろ姿は俺にとって物凄い好みだということくらいだろう。

 こういう足の速い相手を抜く際に、俺が普通取っている手段は会社に急いで向かっているという振りをすることである。しかし人がわざわざ学校が始まるかなり前に合わせて会社に通っているというのに、何故この女はそこまで急いでいるのだろうか。いや確かに学校においては登校時間という制約を受けずとも、それより前に行かなければならない用事というのは山ほどあるだろう。もし彼女が何かの部活に所属していたのだとしたら朝に練習があっても全然不自然ではないし、もしかしたら行事の準備のようなことがあるのかもしれない。それにしても彼女の速度は以上である。徒歩でそれほどのスピードを出すのであれば少しくらい走ったっていいように思うが、彼女はあくまでも徒歩で足を進めようとする。

 まあそういう俺自身も走ることはあまり好まない。というのも、俺の通勤路はかなりの割合を一本道で占めており、途中まで走ったところでふがいなく体力が切れて止まってしまう姿を相手に見せたくはないからだ。かといって会社までずっと走り続けるというのは忍びない。そろそろ涼しくはなってきたとはいえ、まだまだ灼熱が横たわっているわけでシャツを汗ビチャさせるのは全くもってよろしくない事態だ。と俺が無駄な思考を巡らしている間にも俺の目は半ば本能的に彼女の足に注がれる。これはかなりの上玉というか、ここ最近で見た足の中ではナンバーワンと言っても全然良いかもしれない。どうして今まで彼女を目撃しなかったのだろうか?(普段は自転車にでも乗っていたのだろう)ほどよくついた肉に、スラリと伸びる足。細すぎず、足が長すぎず、まるで俺のために作られた、つまるところオーダーメイドされた足のように思えるぐらいだ。あの足を俺のものにしたいという欲求は当然のように付きまとうけれども、所詮俺はしがない社会人であり、それほど性的魅力にあふれている男とは言えない。俺にはただただちらちらと視線に入れては外すということしか出来ないわけである。尤もおそらく俺が性的魅力にあふれていた場合、自分の欲求の開放なんて出来て当然だったわけで、そうだった場合俺がこんなにも足にこだわるようなこともなかっただろう。様々な執着心にいえるように、俺のこの足に対する思いも俺自身のコンプレックスから来ていると以前推測したことを思い出す。俺はそれほど足が長くなく、また美しく細くもない。

 また彼女の足に視線が行く。誰も俺の視線なんぞ見てはいないとは思いつつも、こんなにもちらちら足のほうに目が行ってしまうとなんとなく罪悪感を感じてしまいそこが俺をうんざりさせる。俺は無意識的に彼女と出来るだけ距離をとるように彼女が歩いている直線から少しずれた位置に行くけれども、同時に何故俺の行動が彼女にコントロールされなければならないのかとちょっとした憤りを感じてみたりもする。自分自身に設定した戒めと自分自身の欲が相反するということは辛いことだ。故に俺は一刻も早く彼女を抜き去ることをしなければならないわけだが、なかなか彼女との距離が埋まる傾向にない。さらに俺の彼女の足へ視線を移す行動は秒単位ごとにその長さを増していき、このままだと彼女の足をずっと凝視するようなことにもなりかねないわけで、それは避けなければならない。凝視するような事態になったら俺はきっとどんどんと欲望を増していって、最終的には彼女の真後ろ、つまり特等席から彼女の足を見つめることになるだろう。

 出来る限り自然なスピードでは彼女のことを抜けないとそろそろ悟ってきた俺は、自分でもうんざりするような小芝居を心の中で演じるようにした。俺は会社で朝一でやらなければならないことがあり、それが遅れたら大変なことになりかねない。腕時計は持っていなかったので、代わりに携帯電話で時刻をちらちら見るようにしながらやや不自然な程度のすばやさで彼女のことを抜くことにした。やや歩き方が競歩のそれに似ており、それを通勤時間中に披露する自分にほんのちょっとの滑稽感を感じたけれども背に腹は代えられない。これ以上一介の女子高生の足を見つめることによって俺の人間的な品位を落としたくはなかったし、欲望に執着するようになることに対しての恐怖もある。このままのスピードで歩いていけばいずれ彼女を抜くであろう。段々決意も固まってきて、彼女の足に視線を落とさないようになってくる。大丈夫。俺はいつものように抜ける。あと数メートル。

しかしながら現実はそれほど甘くはない。欲望はキャンディーであり、一度その甘さを知ってしまったものが口からそれを離すのは困難を極める。俺は突如自分でも信じられないくらいに、無意識的に無作為に、自分の歩行スピードを緩めてしまったのだ。自分でもまったく何故だかはわからないが、おそらく俺の本能が最近まれに見る美しい足の持ち主をもっと観賞していたいという決議案を脳の中で提出しそれが受理されてしまったのだろう。いったい俺の頭の中の野党は何をしているのか。現実のそれとなんら変わりがないではないか-----俺は動揺のあまり、普段はろくに考えもしない政治家のことを引き合いに出し、自分を責める代わりに彼らのことを責めだした。これは非常にまずいことだ。一度抜くことをためらってしまったら、今後この先も同じようなことをしかねない。たとえそれが今俺が抜こうとしている女よりレベルの数段劣るやつ相手だとしてもだ。一度甘さを知ってしまった人間はなかなかその活動を止めはしない。

 さて、しかし俺には抜くことも出来なかったが、かといって速度を緩めることは出来なかった。今ここで俺が立ち止まるというのは他人、しかも女子高生風情に俺の行動をとめられるという侮辱で繋がるということにもなりえるし、既に俺は彼女の足のトリコになってしまってもう止まっている場合では全然なかったのである。俺はまた彼女との間隔をやや広げながら、今度はさっきよりあからさまに彼女の足を凝視している自分自身を発見した。もはや女の足は俺にとっては芸術観賞の域に近く、見ているだけで恍惚とした気分になってくる。これほど美しい足を持っているのだから相当もてるのだろうな-----そう考えた瞬間に、今まで抑えられていた何かが一斉に吹き出したような感覚がした。おそらく処女でこれだけの妖艶さは発揮できないだろうから、彼女もまた開通済みなのだろう。自分にとっての芸術的存在がもはや誰かに手をつけられているというのは非常に侮辱的な感覚を受けるが、しかしもはやそれを超えたところに彼女の足が存在しているのだ。その段階においては他の男の手にかかっていることなどもはや単なるスパイスでしかないような気すらしてくる。

 そうこう俺が思考を重ねて足を凝視しているうち、それなりの時間が過ぎてしまった。学校も近くなってきたのだからいい加減誰かに会えよと彼女に心の中で毒づく。俺はこの思考が自分の行動を正当化させるためのものだとは知っているがもはや止まることは出来ない。もし彼女が誰かと会えばそれは必然的に挨拶をしなければならないということになるわけだからスピードは落ちるし、彼女が喋るという日常的なことを行ってくれれば俺が彼女に抱いている幻想もその画質を落とすはずだ。偶像は何も喋らないからこそ偶像でいることが出来るし、それを壊すためには何かものを喋らせればいい。しかし彼女は特に誰と会う様子もなくたんたんと素晴らしいスピードで足を進めていく。

 もう頭がおかしくなってしまいそうだ。俺の目はもはや一秒たりとも彼女の足から視線を外すことをしなくなってしまったし、今は瞬きすらするのが惜しい。最初考えていた他人の視線が気になるうんぬんというのももはやどうでもよくなってしまったことも末期的な心的状況をうかがわせる。ようするに俺の頭の中にはもはや彼女しか入っていない。より正確にいえば彼女の足ということになるが。

 もはや体面など気にすることもなく、自分でもびっくりするくらい突然に俺は再度走り出した。今度は途中で止まることが出来なくなるくらいのスピードだ。これは意図してそうしたというより暴発的に動いてしまったというほうが正しい。何人かの生徒や会社員が突然走り出した俺の姿にびびってそれを視界に捕らえようとしたのを俺は感じたが、その時の俺にそんなことを気にしている余裕は1mmたりともなかった。その結果、自分でもびっくりするくらい簡単に、彼女を抜くことが出来たのである。




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 あまりにも無目的に生きる自分自身に軽い絶望を感じ、そんならいっそ何か書き始めたほうが生活回転が良くなるんじゃないかと思いつけ始めたブログです。
 よって人様に見せるものでもなんでもない公開オナニーになっていることこの上ないと思われますが、万が一うっかりこのサイトを覗いてしまった場合は、その辺何も触れずに放置していただけるとありがたいです。好きな食べ物はプリンです。

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