立ち上がれ中指

中指はそれを立てた時に最も折れやすくなる。

振り込まれる今日をどう使うか

今日も一日というお小遣いを手に入れて僕は大切にとっておこうと思ったけれども、ふと貯金箱を見たら大切にためたはずのお小遣いは一銭もなかった。

一日は本当にお小遣いのように配給されるものなのだけど、やっぱりそこはただの悲しさなのか、その日のうちに使い切らなければならないという制約が貸されている。後で使い道は考えようなんてわくわくしていると、いつの間にか財布の後ろに穴が開いていることに気づかなければならなくなる時が来る。

何かを始めるということは、おそらくあらたな恐怖を買い付けるということだと思う。人間空想の中にいるときが一番楽だし楽しい。もしくは楽だから楽しい。楽というのと楽しいというのに同じ漢字が与えられているのはわけがある。でも、そこから一歩踏み出て手に持ったお小遣いで何かを買いにいかなければならない。現実のお金と違うのは、使ってもいいということと使わなければならないということで、この認識が削げ落ちた時に人は多分悪夢を見る。

自己幻想と共同幻想というものがあると定義したのは「ものぐさ精神分析」の岸田秀だった。実際それらをすり合わせるのは大変な作業で、日常に生きるということはそれを行うということである。それでも今日というお小遣いで何を買うのか考え、何かの買い付けに走るという毎日の中に僕らは屹立している。


蜘蛛足を生やす鼠が陽炎

「きちんと部屋をお掃除しておかなきゃいけないよ。大切なものを見失ってしまうから。自分ではどこにおいたか覚えているつもりなのかもしれない。けれど彼らはいつの間にか足を生やし、どこかへすたすた歩いていってしまう。自分の部屋を掃除しておかなければいけないよ。」


主にメンタル的な意味でそうだと思った。


文章の湿度

既にどこかで散々言われていることだと思うけれども、それぞれの地域に湿度差があるのとおなじように、文章にもその国によって湿度に差が出てくるような気がする。

たとえば英文なんだけど、これはとってもカラっとしている。論文の形式には英語が一番だ!なんてうちの古代日本文学の教授は力説していたけど、実際多分そのとおりだ。僕は高校時代まで論文を書いたりするのは好きだったけど、あんまり成績は伸びなかった。英文は論文の形に落とすのが比較的簡単で、去年そのような練習を続けていたらいつのまにか以前よりも論文形式を書くのに苦労をしなくなった。

対して、日本語っていうのはやはり表現とかに向いている言語なんだろう。比喩的にいうと湿度が高く、そのせいで匂いとかに敏感な文章だ。日本語が英語と違うところは、だらんだらん一文が続いてもそれが味になることが多いことだと思うし(まあこれは僕が日本語のネイティブだからってのが多分にあるが)、微妙なニュアンスを出すのに適した言語だと思う。これもうちの古代日本文学のブルガリア人教授が言ってた。その反面多分論文とか書くのにはそれほど向いていない。

なので、論文の書き方を学ぶには、意外にも英語を学ぶことが近道だったりするんじゃないかな。人によってはなんて遠回りだ!っていうかもしれないけれども、英語を学ぶ利点にはそういうのもあるのだと思う。ついつい言語を学ぶって、単純にその言語を使っている国の人と交友がもてるくらいに考えがちだけれども、その文章の得意とする記述方法も同時に学んでいるんだなあと思った。


DUOに出てくるボブはクレイジーだ

人間って人によって、あるいは瞬間によって本当に違う。実はそれぞれが独立した次世代のさらに進化した動物になろうとしてるんじゃないかと疑ってしまうくらい違ったりする。

これは人間が思考という武器を手に入れてしまったのが大きいのだろうなあと思う。肉体の変化は割と緩慢と思われるけど、思考の変化は時にマッハで訪れるものだし、それが人間を分割してしまう。

種が生き残るのは多様性が必要だというけれども、思考の多様性という点においては人間は飛びぬけて凄い。んでその思考の多様性から来る文化風習とか個人の価値観によって、多分肉体とかの多様性にも影響があるわけで、そんな風にしてまだ人間という種は試行錯誤段階なのかなあとぷわぷわぷーと思った。


フィナーレに接吻

人間は他人に自分が作ったルールを守らせようとするものであると思う。

特にそれがストイックに施行(思考)された場合余計に。
別に他人のことは他人のことだからそれはそれで放っておけばいいのにと思うのだけど、どうしても思ってしまうということはあるし、そういう人が結構な数いるというのもよく知っている。

押し付けないように生きたいところなんだけど、そうやって意識していても、無意識にやってしまうということはざらにあるわけで。少し抽象的な話かもしれないけれども、思ってしまったものはしょうがないので、とりあえずの所このしがないブログにエントリーを投下して腹を空かせた次第である。



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脱コットン

脱コットン

 あまりにも無目的に生きる自分自身に軽い絶望を感じ、そんならいっそ何か書き始めたほうが生活回転が良くなるんじゃないかと思いつけ始めたブログです。
 よって人様に見せるものでもなんでもない公開オナニーになっていることこの上ないと思われますが、万が一うっかりこのサイトを覗いてしまった場合は、その辺何も触れずに放置していただけるとありがたいです。好きな食べ物はプリンです。

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